「版画」コースから「グラフィックアーツ」コースへ。アナログとデジタルの融合から生まれる、未だ見ぬ表現の可能性/中村桂子教授×結城泰介准教授

インタビュー

従来の版画教育の枠組みを大きく広げたことで、これまで通り手仕事による伝統的な印刷表現はもちろん、デジタルによるCG表現まで含めて学びを得られるようになった美術科グラフィックアーツコース。そこで、指導教員である中村桂子教授と結城泰介准教授にインタビュー。学生たちに提供している多様な学びの選択肢や、他の美大では経験できない独自の取り組みについてお話いただきました。

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日常を彩るグラフィックアーツの世界

――まずはグラフィックアーツコースの概要を教えていただけますか?

結城:グラフィックアーツってなかなか聞き慣れない言葉だと思うんですけど、実は印刷を介して表現された絵画とかイラスト、キャラクターデザインやエディトリアルデザイン、あとはCG表現も含まれていて、その総称としてグラフィックアーツと呼ばれています。

中村:CG表現がそこに含まれるのは、版があれば作品を複製できるのと同じようにデジタル表現も拡散して多くの人の目にとまるものだからという捉え方ですね。

結城:そしてもちろん版画も印刷技術の一つですし、他にも箔押しだったり活版だったり、それからデジタルプリントだったりと、印刷という分野を幅広く考えていくコースになっています。

グラフィックアーツ対談
コースの説明をする中村桂子教授(右)と結城泰介准教授(左)

――アナログからデジタルまで、より俯瞰して勉強できるようになったわけですね

結城:そうですね。もちろんこれまでの版画コースらしく微細に作品を描く学生のことも大事にしていきますし、デジタルを使って最先端のものをつくる学生も大事にしていきたい。その両方があってこそのグラフィックアーツコースだと思っています。

中村:だから不正解みたいなものはなくて、何を選ぶかはその人の資質次第。学生にはいつも「ここに20人いるなら20通り答えがあっていい、バラバラでいいんだよ」という話をよくしています。

結城:あとは入学してからいろんな技法を体験できるっていう点も、アートかデザインか迷っている高校生にとってはメリットになるんじゃないかな。実際に試してみないと何が自分に向いているか分かりませんからね。

中村:そう。だからまだ迷っていてもいいんです。ただそのためには技術を知らないといけないので、その辺が大学に来て四年間学ぶ意味になってくるのかなと。原理さえ分かれば展開できるようになりますから、そこから一気に自由度は増していくと思います。

グラフィックアーツ対談
銅版画の演習風景

――ちなみに高校生でも身近に感じられるグラフィックアーツというとどんなものがありますか?

中村:例えばシルクスクリーン※1でプリントされたTシャツや、絵柄が木版で刷られた封筒、活版印刷※2されたハガキや箔押しのマスキングテープなど、ファッション関係や雑貨の分野によく見られます。あとは一見手描きのイラストのように見えて実は版画で表現されたお菓子のパッケージもあったりして、水彩画とか油彩画とはまた違った柔らかさを発揮しています。それからリソグラフ※3という印刷方法はレトロな風合いが今ウケていて、ZINEなどのアートブックをつくる上で世界的に人気です。トレーディングカードやステッカーはデジタルイラストの上に特殊印刷として箔押しやシルクスクリーン印刷が重ねられているものも多く、思わず目を奪われてしまいますね。そういった例を見ると、グラフィックアーツというのは“使うデザイン”であり“使うアート”なのかなと。特別感があるというよりは、「日常の中でそれをもらったらちょっと嬉しい」みたいな存在で、人の生活に寄り添うようなアートとデザインの形態が印刷の中にはあると思っています。

※1 シルクスクリーン:孔版印刷の一種で、版の穴からインクを押し出して印刷する方法

※2 活版印刷:凸版印刷の一種で、絵などが盛り上がった版を紙に押しつけて印刷する方法

※3 リソグラフ:版を使って1色ずつ高速で印刷する印刷機を用いる方法

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身近にあるグラフィックアーツ

――そういった「グラフィックアーツ」と、いわゆる「グラフィックデザイン」の一番大きな違いは?

結城:グラフィックデザインというのはクライアントワークで、企業などから依頼を受けてその要望に応えていくものになるんですけど、グラフィックアーツの場合はあくまでもアートが土台。なので自己表現としてのアートだったりイラストレーションだったり印刷物だったり、ということになります。

中村:自分の頭の中にあるものを人の求めに応じて伝えていきたいのか(=グラフィックデザイン)、それとも自分が描きたいものを伝えるために道を開拓していくのか(=グラフィックアーツ)っていうのが大きな違いですね。

結城:例えば今SNSで「絵師」って言われるイラストレーターがすごく流行ってますけど、そういう人たちはアートワークだと思うんですね。自分が描きたいものを描いて発信して、それが企業の目にとまったりすると結果的に社会と繋がることもあったりして。そしてさらにグラフィックアーツの場合、デジタルでも発信できるし、モノでも拡散できる。つまりデジタルだけで完結するんじゃなくて、そこから物質化させる手法も私たちは持っているわけなので、誰もがAIを利用してアートやデザインを表現できるようになるこれからの時代に、物質化できることが強みになるんじゃないかなと考えています。

――先生方はそれぞれ銅版画?木版画という専門分野をお持ちですが、現在はそこにデジタルも合わせて指導されているという状況でしょうか?

結城:私は元々、銅版画とかリトグラフというアナログの版画を使って表現していたんですが、最近はデジタル技術もどんどん取り入れていて、ペイントアプリや液晶タブレットなどを使ってデジタルイラストの研究も深めているところです。例えばデジタルで制作した原画を写真製版技術で銅版画に転写したりなんかもしています。

※リトグラフ:石や金属の平らな板に油性のインクで絵を描き、水と油が反発する性質を利用して紙に転写する方法

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デジタルを利用した銅版画
グラフィックアーツ対談
結城准教授自作の道具

中村:私は木版画とシルクスクリーンがメインで、あとは活版とか箔押しとか紙漉きとか、そういうアナログなものというか、結城先生とはまたちょっと持ち場を変えて指導しています。 やっぱり、デジタルとアナログが並列にあることが大切だと思っているので。デジタルについては専門の非常勤の先生方もいますし、転用したり応用したりすることで新しいものに変えていくことができますから、私はそこの後押しをしていけたらいいなと。今の学生は小さい頃からデジタルネイティブなので、その世代ならではのフットワークの軽さもありますしね。

結城:あのSNSの膨大な情報量を取り入れる柔軟性っていうのがすごいですよね。

中村:ただ、どの世代もやっぱりその良さと悪さって背中合わせになっているので、フットワークは軽いけれども、どこまでそれを高みに持っていけるのか、地道な作業も嫌がらずにやれるのかっていうところは試されるでしょうね。

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中村桂子教授

――またそういった中で、本当に描きたいものがあるにも関わらず世間の目を気にしてしまって描けないでいる人や、描いても披露できずにいる人がいたりすると思うのですが、実際、学生と接していていかがですか?

結城:先ほど中村先生もおっしゃっていたように、不正解なんて無いんですよね。とにかく「これが良い」「これが悪い」って概念をぶち壊したくて。

中村:そう。「自分が持ってるものって決して否定されるものじゃない」ってところに気付けるとものづくりってすごく楽しくなっていくと思うし、たとえ卒業してからものづくりと関わることがなくなったとしても、ここで学んだことで自己開示ができるようになったり自分を受け入れられたり、何かそういう力になっていってくれたらすごくいいですよね。

結城:学生たちが普段タブレットとかで描いている、他人には見せない落書きのようなイラストにこそその人の本質みたいなものが入っていると思っているので、最近はそこを開示させるためにこちらから強引に見るようにしています(笑)。そこで学生が「あ、この絵って出してもいいんだ」ってなれば、自分に自信が持てるようになると思うんですよね。

中村:今の学生ってリアルな世界とインターネットの中の世界と二つの世界を持って生きているから、ある意味でちょっと開示しやすかったりするのかもしれないんですけど、それをリアルな世界に引きずり出す作業はやっぱりこちらからこじ開けていかないと。もしかしたらそこが実は一番みんなと共感し合えるところかもしれないし、社会に対するとても重要な問題提起かもしれない。若い世代の人たちが、その二つの世界の中でどう折り合いをつけて良い社会にしていくかっていうのがこれからすごく試されると思います。まずは勇気を持って自分を開いて、それを共有することで世界を変えるチャンスにしていってほしいですね。

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学生たちが制作した作品

「全部やってみる」ことで広がる選択肢

――四年間の学びの全体像を教えてください

結城:まず1年次で、アートとイラストの基礎を築くために銅板?木版?リトグラフ?シルクスクリーンという四種類の伝統的な版画技法を学びます。その一方でアート&デザインゼミを週1で開催し、デジタルペイントの使い方やイラストレーション、キャラクターデザインの基礎なども学んでいきます。

――1年生のうちにアナログもデジタルも経験できるのは大きいですね

中村:1年生の基礎の学びってとても大事だからこそ、その一年間は食わず嫌いはなし。全部やってみる。「私はアナログだ!」と思っていても、意外と「デジタル面白いじゃん」みたいな気付きが必ずあったりするので、まずは食わず嫌いなしでやってみる。するとその後の2~3年次での展開にすごく自由度が増していくと思います。

――その1年生の時の基礎というのは、どのくらいのレベルから始めることになるのでしょう?

結城:ゼロです。グラフィックアーツの原点として版画を学びますが、実は9割が「版画やったことない 」って学生ばかりなんです。小学生の時に木版をちょっとやったことがあるくらいで。だから経験ゼロでも大丈夫だよっていうのはオープンキャンパスでもアピールしてますし、むしろ経験がない方が乾いたスポンジのごとく全部吸収できたりしますから。

2年次では画力を高めてフィールドを広げるというテーマで、グラフィックデザインの基礎についても学習していきます。デザイン感覚というのはこれから絶対必要になってくるので。あとはアートブックといった本への展開やデジタルアートゼミでより技術的なことを学び深めていきます。

中村:アートブックについて学ぶのは、複製性があるという意味で書籍と印刷との親和性が非常に高いから。そして大体このあたりから、デジタルアートをやるのかアナログの印刷をやるのか自分で選び始めつつ、ちょっと深入りし始めるという感じですね。

結城:そして3年次で、専門性を高めるというテーマのもと印刷表現演習に取り組みます。このタイミングでアナログの表現にするかデジタルアートの表現にするかを選んで、4年次からそれぞれの方向で卒業研究を行っていくという流れになります。

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4年間の学び

中村:ここで4年間過ごした後は、もちろん作家を目指す卒業生もいれば、印刷会社だったり一般企業に就職する卒業生も多いんですけど、卒業生に「今の仕事に版画の学びって活きてる?」って聞くと、8割以上の子が「活きてます」って答えるんですね。版画の場合、計画を立てて全体を俯瞰して、「自分は今この工程で何をやらなきゃいけないのか」っていうところを見分けないといけなくて。それがチームで働いている会社組織の中で、「自分はどこでどう機能しているのか」を考えられる“見渡せる力”につながっているわけです。つまり段取りができる、予想ができる、決断ができる、そして「ままならない」と思いながらも前に進んでいける。さらに言えば、人生全体においても決断をしないと次には進めないわけなので、人生のあらゆるところでこの四年間の学びというものが活きてくると思います。

――また、この山形?東北という地だからこそ得られる学びはありますか?

中村:実は楮(こうぞ)の畑を持っているんです。

結城:自生してたんですよ、楮という和紙の原料が。

中村:2年くらい前に現代美術の作家で紙漉き職人でもある非常勤の先生が大学の宿舎に泊まった時に発見してくれて。荒れ放題だったのを全部整備して、今では学生と一緒に楮を刈り取って和紙を漉いています。これは東京の美大では絶対にできないでしょうね。

グラフィックアーツ対談
楮刈り
グラフィックアーツ対談
楮蒸し

結城:デジタル世代の学生たちだからこそ、こうやって自然からいただいたものでゼロからつくり上げる経験っていうのが大切になるんじゃないかな。

中村:デジタルもやるし、こういうガチのものづくりもやるし、という感じでできるだけ両極味わわせてあげたいなと思って。そこから先どっちに進むかは自分で選べばいいだけで。

結城:最終的にデジタルを選択する人も、実際にモノに触れてつくり上げる感触、感覚を知っているってやっぱり大事だと思うんですよね。

――どんな人がグラフィックアーツコースに向いていると思いますか?

中村:自分が知らないことでも「面白そう!」って思ってやってみることができる人、フットワークの軽い人、あとはすぐに結果が出なくても「まぁ、もう少しやってみるか」みたいな感じで前に進んでいける人ですかね。

結城:あとは印刷が好きな人、あるいはイラストを描きたい人、それからアートかデザインか迷ってる人にもおすすめです。

中村:イラストが上手とか下手とかそんなんじゃなくて、自分を出せることが大事なんです。

結城:そう、個性ですよね。

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結城泰介准教授

――それでは最後に受験生へメッセージをお願いします

中村:大事なのは、誰に見せるでもなくていいから、自分の好きなものを本当に好きなツールでたくさん描いて、自分の心の中を出す訓練をすること。そうやって自分の心を自分なりにどんどん育てていってほしいですね。版画の技術とかデジタルの技術は入学してから覚えればいいので、まずは心を育てる、心を養う。そして面白がることができれば十分じゃないかな。

結城:とにかくグラフィックアーツはやれることがすごく多いので、思い切って飛び込んできてほしいですね。本当に広い世界があなたを待っていますから。

中村:そしてこれまでの歴史が証明してくれてますよね。印刷技術が進化し続けているということは、それだけ需要があるということ。楽しくないはずがないんですよ。一方で、デジタルならではのたくさんの人と共有できるスケール感ってやっぱりすごく心躍るものがありますから、ますます両方が共存していける時代になっていくのではないでしょうか。

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グラフィックアーツにとって重要なのは、上手さではなく自分らしさを出せること。そう語ってくださったお二人。デジタルで制作した原画を写真製版技術によって銅版画に転写したり、デジタル原稿をシルクスクリーン印刷に活用したり、そんなふうにアナログとデジタル両者の自由な組み合わせにより広がっていく表現の可能性。 このコースならではの数ある選択肢の中から学生一人ひとりがより自分らしい手法と出会うことで、自身の作品はもちろん、人生、引いては社会全体を豊かに彩っていく存在になれるかもしれない―。そんな大きな期待感に溢れるインタビューでした。

(撮影:法人企画広報課 取材:渡辺志織)

中村桂子教授 プロフィール

結城泰介准教授 プロフィール

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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